以下は徳島市観光協会主催「毎日おどる 阿波おどり」リーフレットから!
阿波おどりの起源
阿波踊りの起源については、いろいろ説がありますが、まとめてみますと
@「盆踊り起源説」A「風流踊り起源説」B「築城起源説」
の三つが有力な起源説といわれています。
@阿波踊りが旧暦の7月に行われた盆踊りであるというもの。
「俄」「組踊り」といった特殊なものが派生してきたとはいえ、その元は盆踊りであ
るという説。
A阿波踊りの特色である組踊りが、能楽の源流をなすといわれる「風流」の影響を強く
受けているといわれ、寛文3年(1663)の「三好記」の中には、天正6年(1578)に
十河存保が勝端城で風流踊りを開催したという記録に基づいて、これが阿波踊りの原
型だとする説。
B天正15年(1587)に蜂須賀家政によって徳島城が落成した時、その祝賀行事として
城下の人々が踊ったのが阿波踊りの始まり、とする説。
いずれにしても400年をこえる歴史を持っていることは十分うかがえるわけで、それが
一段と盛んになったのは、蜂須賀家政が天正14年(1586)徳島入りをし、藍、塩などで
富を蓄積したことからだといわれています。
小江戸と呼ばれた徳島、盛商人が大活躍し、踊りを豪華にしたものです。
藍商人の衰退後も、市民社会に定着し、自由な民衆娯楽として花開きます。特に戦後の
阿波踊りの復興ぶりは目ざまし〈、今では日本を代表する民俗舞踊の地位を確保
いたしました。
「何は無くても阿波踊り」の心意気が、8月12日から15日の、阿波踊り期間中に130万人
近い人を集めます。また、オフシーズンには世界各国へ遠征するスケールを持つようにな
りました。
おどり連・鳴り物・はやし
阿波踊りでは踊りのグループを連といい、連には踊り手と三味線、
太鼓、鉦、横笛などで構成される鳴り物連中と呼ばれる伴奏者がおり
ます。
はやしは、踊り子がお互いに声を掛け合い、踊りを最気づけます。
「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々」などの歌詞のあとに
「踊りは○○○」などとはやします。
写真は、徳島駅前アミコビル(4F)シビックセンターにて、5月24日撮影